2025年11月08日

日向ぼっこと介護

何事もきっかけだ。
今朝広縁で日向ぼっこしてたら、このブログにコメントがあったとの連絡が。
なので、久しぶりに覗きに来た。
あら、英文のコメント!
たぶん翻訳か何かで、日本のことを調べていて、ちょっと立ち寄った感じのコメント。
こんなことでもなければ、自分のブログの存在さえすっかり忘れていたのだから、何事もきっかけだなあ。

今日は、秋晴れの土曜日。
ぽかぽかして、お出掛けの用事のないわたしは、本でも読もうと思っていた。
それで書き始めたのだけど、相変わらず書くことなんて何もない。
母は94歳になり、寝ている時間が長くなってきた。
よく食べて、よく寝て、以前より性格も優しくなったような気がする。
頭のほうはしっかりしているので、ほんとありがたい。
介護も比較的楽なほうだと思う。
わたしはグレーヘアーというらしい白髪頭に。
これはもう、老々介護というやつか、、。
でも、わたしたち母娘にとっては、天からの恵みのような時間だ。

正反対の性格と価値観で、喧嘩ばかりしていた母娘だ。
押さえつけようとする母に逆らって、15歳で家をでてから55歳で家に戻るまで、話らしい話もしなかった。
母の世話を始めてからも、口喧嘩は絶えず、毎日いつ施設に入れようかと画策していた。
なのに、年をとったのか、いったい何が変わったのか、、。

思い出すのは、ある夜のことだ。
私の作る料理に文句を言い、亡き父の悪口を言い始めた母に、わたしはきれた。
「もう今日で、施設に行ってもらう」
というなり、わたしは、歩くのも不自由な母をつかんで、玄関から外に引きずり出した。
あれは、去年のことだ。
私も限界だった。
母には、胸部大動脈りゅうという病気があるので、なるべく興奮させないようにしていたのに、そのときは、がまんができなかった。
もうこれで母が死んでも仕方がない、とわたしは心の底で思ったのを覚えている。

それで何が変わったのか、、何も変わったわけではない。
でも、あの日の私は本気だった。
それは、母も気付いただろうけど、誰よりも、私自身が気付いた。
こんなことは、あってはいけないと。
そして、ノートに書き留めた。
「二度としない」
「二度と怒鳴らない」

それから、わたしは変わったのだと思う。
そして、母も。
次第に、お互いの距離を学び、妥協を学んだ。
あの時の自分の本気を、後悔はしていない。
でも、あの時母が亡くならなかったことを、深く感謝した。
母があの時耐えてくれたから、今私たちの平穏な暮らしがある。

だから、今日の日向ぼっこがある。
昨日、71歳の娘が102歳の母親を殺してしまったというニュースを見た。
あれは、もうひとりの私だったのか、、。




posted by sandy at 13:55| Comment(0) | 日記・その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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